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この文章で筆者が最も言いたいことは何か。


1.スポーツをやる目的やかかわり方は種々多様である。オリンピックで金メダルを争うような熾烈なスポーツもあれば、勝敗はともかくみんだで楽しく遊べばよいというスポーツもある。健康
のために、あるいはレクリエーションのためにというスポーツのある一方で、スポーツが仕事というプロスポーツも存在している。しかしやり方や目的は違え、どれもスポーツであるとこには
変わりはない。(中略)
 レベルは違ってもスポーツはスポーツなのであり、そのレベルから少しでもうまくなり、強くなろうとするやり方は基本的には違いのないものである。頂点に通じる長い山道のどこを歩いているかの違いであり、けわしさや空気の薄さは上にいくほどつらくはなるが、歩いて進むことや歩き方には変わりはない。そしてどこで立ち止まっても山の空気は新鮮で、景色は美しい。その
人その人によって、どの高さで楽しんでもいいものだし、そうして誰にでももう少し高く登ってみたいと思わせるのがスポーツというものなのである。

                                                                   浅見俊雄『スポーツの科学』東京大学出版社 

  • 1 、登山は、どんな人でも楽しむことができ、誰もがより高いところを目指そうとする。

  • 2 、登山というスポーツは、上にいくほど苦しくなるが、どこにも楽しさはある。

  • 3 、スポーツとは、どのレベルでも楽しさがあり、少しでも上達したいと思うものである。

  • 4 、スポーツにはさまざまなレベルがあるが、楽しくないものはスポーツではない。

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この文章で筆者が最も言いたいことは何か。


2.雨が降れば傘をさす。傘がなければ風呂敷でもかぶる。それもなければぬれるしか仕方がない。雨の日に傘がないのは、天気の時に油断して、その用意をしなかったからだ。雨にぬれて、はじ
めて傘の必要を知る。そして次の雨にはぬれないように考える。雨があがれば、何をおいても傘の用意をしようと決意する。そこれもやはり、人生の一つの教えである。
 わかりきったことながら、世の中にはそして人生には、晴れの日もあれば雨の日もある。好調の時もあれば、不調の時もある。にもかかわらず、晴れの日が少しつづくと、つい雨の日を忘れがち
になる。好調の波がつづくと、ついゆきすぎる。油断する。これも、人間の一つの姿であろうか。

  • 1 、雨の日に傘を持っていないのは、つい油断してしまうからである。

  • 2 、人生がうまく行っている時は、悪い時に備える心を忘れがちだ。

  • 3 、人は、雨があがると、いつもつい傘をどこかに忘れて来てしまう。

  • 4 、人生が好調な時は晴れの日が続くので、傘を準備しておく必要はない。

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この文章で筆者が最も言いたいことは何か。


3.足が速い人は、生まれつき速い。遅い人は、生まれながらにして遅い。特に短距離走はポテンシャルの勝負― ― 。
 そう思っている方が多いでしょうし、私もつい数年前まではそう思っていました。そして、ある面ではやはりその通りなのです。生まれ持った骨格や腱、筋肉などの質によって、足の速さはかなりの部分まで決まってしまいます。
 車と同じで、エンジンの性能を超えた走りはできません。
 ただし、多くの人は、性能を限界まで引き出していないのです。また、エンジンの性能がアップしなくても、タイヤを履き替えたり、運転テクニックを上達させたりと、スピードをアップさせる方法はほかにいくらでもあるのです。

  • 1 、車の速さは、エンジンの性能によって決まる。

  • 2 、足が速いか遅いかは、生まれながらにして決まっている。

  • 3 、車のスピードをアップさせる方法は、いろいろある。

  • 4 、足が遅いと思っている人も、工夫すればもっと速くなれる。

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